【新規事業】オープンイノベーションの留意点④

アイビーデザイナーズ代表 細野英之 です。

本日は、「オープンイノベーションの留意点」についての4回目です。

前回はライセンス契約に係る問題について読み解き、考察しました。本日は、「その他(契約全体)に係る問題」について読み解いていきます。

出典は前回同様

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定しました (METI/経済産業省)

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」です。

su_guidebook.pdf (jftc.go.jp)

最初の問題事例。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例: スタートアップの顧客情報は営業秘密であるがNDAの対象とはならないことが多いところ、スタートアップが、連携事業者から、顧客情報の提供を要請される場合がある。(顧客情報の提供)

(事例)b社がスタートアップ

b社は、連携事業者から顧客情報の提供を求められ、提供せざるを得なかった。その結果、連携事業者は、b社の顧客に対してb社製品と競合する製品を販売するようになった。

→ 【IBDの考察】

この文面だけですと、連携事業者は競合相手となりうるb社を早いうちから排除するために協業話を持ち掛けたように思えます。同業他社、すなわち競合となる会社が声をかけてきた場合には注意する必要があります。本当にスタートアップの斬新なアイデアを連携事業者の事業に組み込みたいと考えているなら、顧客情報ではなく、どのようにすれば組み込めるかが議論の焦点になるはずです。NDAにおいて「検討対象の明記」、「必要最小限の秘密情報を取り扱うことの明記」、「顧客情報は秘密情報に該当することの明記」、「秘密情報の目的外使用禁止の明記」が肝要です。この部分の交渉を通じて相手の意図を推し量ることも可能です。

(事例)c社がスタートアップ

c社は、連携事業者との協業において、営業秘密である販売先の情報を提供させられたが、連携事業者は、情報を一切開示しなかった。

→ 【IBDの考察】

営業秘密を開示する際、こちらも開示したのだから相手も開示するだろう、という「暗黙の公平性」を自身の中に作ってはいけません。交渉事は「シビア」なのです。「要求しない限り」出て来ません。また開示した後に要求しても相手は受領済で開示を容易に断ることができる状態となっています(断っても損はないですし、開示したら損ですから)。相手の良心に訴えるだけとなってしまいます。交渉事の基本スタンスは「大切なモノを提供する前に話をつけておく」ことです。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

正当な理由がないのに、スタートアップの顧客情報が連携事業者に提供された場合には、当該顧客情報が連携事業者によって使用され、又は第三者に流出して当該第三者 によって使用されるおそれがある。取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、顧客情報が事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該顧客情報に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、顧客情報の無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

【IBDの考察】

当該行為は上記の通り独禁法違反の恐れがあるという見解ですが、ここでより大切なのは「事後は紛争となり裁判で決着させる」ことになるということです。すなわち、時間と費用が相当かかることになります。時間も資金もスタートアップにとっては両方とも生命線です。ですから紛争、裁判にしてしまうこと自体が大きなリスクなのです。

従って、紛争、裁判にならないように、問題が発生しないように事前に注意深く契約を進める必要があるのです。この段階での弁護士費用は裁判と比較すれば非常に少額です。

指針では以下の通り記載されています。

<解決の方向性>

顧客情報が営業秘密として保護される措置を講じることが重要である。

(ア) 不正競争防止法上の営業秘密として保護される体制づくり

顧客情報は、その管理方法等次第では、不正競争防止法上の営業秘密(不正競争防止法第2条第6項)として保護され得る。

しかし、特に創業から間もないスタートアップの場合、営業秘密の管理体制が不十分であるとして、不正競争防止法上の営業秘密に該当しないと判断されるおそれもある。

(イ) NDA等における守秘義務・目的外使用禁止の規定

NDA等において、連携事業者が顧客情報について守秘義務や目的外使用禁止の義務を負うことを明確にすることが重要となる。具体的には、秘密情報に顧客情報が含まれるように明確に定めるか、又は、NDA等で定義する秘密情報に顧客情報が含まれるように管理・運用を徹底することが考えられる。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

営業秘密として認定されるには、「秘密情報として適切に管理している体制と証拠」が必要です。これをスタートアップにおいて人員的に出来るかという問題が残ります。しかし今回の事例は顧客情報であり、個人情報にも匹敵する機密情報ですのでスタートアップであっても厳格な管理が必要と考えます。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例: スタートアップが、連携事業者から、報酬を減額される場合や、報酬の支払を遅延される場合がある。(報酬の減額・支払遅延)

(事例)d社がスタートアップ

d社は、連携事業者との共同研究契約において、約束した金額を数年にわたって受け取ることとなっていたにもかかわらず、契約期間中に、正当な理由なく、一方的に報酬を減額された。

→ 【IBDの考察】

 このような場合、共同研究契約の債務不履行に該当するため改善されなければ契約を解除でき、共同研究を止めることができます。既に実施した共同研究期間を対象とした額を減額されたのでしたら、債務不履行で訴訟することも出来ます。

(事例)e社がスタートアップ

e社は、連携事業者から、e社の報酬金額を未定として契約することを求められ、別途具体的な金額の提示を受けていたため、契約書を交わした。その後、e社は、作業を実施したが、連携事業者から、その作業が不要になったと言われ、契約書に報酬金額が記載されていないことを理由に、提示を受けた金額を一方的に減額された。

→ 【IBDの考察】

 契約書の中身がわからないため何とも言えませんが、作業は完了していない状況で、不要となったため作業を途中で取りやめてもらった、ということであればそれまでの作業分を請求することは妥当です。しかしこの場合、作業は途中までですので「話し合って」減額に対して合意します。

(事例)f社がスタートアップ

f社は、連携事業者から委託を受けた作業の終盤で、突然、製品の動作、品質、精度等の保証を求められた。これらの保証については、契約前から難しいと伝えていたにもかかわらず、連携事業者から、これらの保証ができないことを理由に、報酬を減額された。

→ 【IBDの考察】

 本来であれば口頭での同意は契約となります。但し、それをエビデンスとして残しておく必要があります(議事メモ、メール送信記録等)。恐らく契約書に保証しないことを明記していなかったのではないかと推察します。当然、おかしな話なのですが、上司等から言われてそのような対応をせざるを得なかったのかもしれません。契約書に明記していればそのような要求は出来ない証拠となりますので相手も言ってこれないと思います。「紳士協定、誠実に」という言葉をベースに契約されることも多いと思いますが、同じ会社でも担当によってそのあたりのモラルに幅があるため注意が必要です。

 特に、外国では「契約書に記載されていることがすべて(完全合意といいます)」という文化ですので、日本人も少しそれに倣った方がよいかもしれません。その方が紛争を少なくできます。

(事例)g社がスタートアップ

g社は、同社が連携事業者に納入する一部の製品について、契約で前払金を受けることとなっていたが、前払金の支払を遅延された。

→ 【IBDの考察】

規模の大きい企業でしたら運転資金が潤沢にありますので支払いが遅れても問題ないのですが、スタートアップ等の小規模事業者の場合、入金の遅れが運転資金の安全性に影響を与えてしまうことはしばしばです。恐らくこのような事情を先方の担当者は理解しておらず、社内の支払い手続きを担当者が失念していたと思われます。わざわさ悪意をもって支払いを遅らせることはないと思います。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、①正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する場合、又は、②正当な理由がないのに、契約で定めた支払期日までに対価を支払わない場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

<解決の方向性>

ⅰ.契約締結時において明確な報酬支払条件及び報酬額を設定すること

ⅱ.製品等に係る品質保証の有無について事前に整理すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】

繰り返しになりますが、「契約書に明記し、合意文書として残しておくこと」が紛争を防ぐ第一歩です。口頭での合意は後で水掛け論となる恐れがあるため、出来る限り「完全合意」の姿勢で契約書を作成することが肝要です。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者から、事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任をスタートアップのみが負担する契約の締結を要請される場合がある。(損害賠償責任の一方的負担)

(事例)h社がスタートアップ

h社は、連携事業者から、h社が開発し、連携事業者に納品したシステムを搭載している製品に不具合があった場合には、当該システムに起因するか否かにかかわらず、製品の損害賠償責任は全てh社にあり、連携事業者は責任を一切負わないと一方的に取り決められた。

→ 【IBDの考察】

「当該システムに起因するか否かにかかわらず」は合理的ではなく、問題だと思います。これを正当化するには当該製品の不具合の要因はすべて納品されたシステム以外には起こりえないことを論理的に説明する必要があります。もしその説明ができなければ(逆にh社は当該製品に不具合が発生する要因が当該システム以外にもある可能性を指摘することが必要)、この条文は不適切ということになります。本来の条文案は「不具合の原因と特定し、その結果、当該システムが原因であった場合に限り」とするのが適切ですし、またその賠償額も上限を設けることは必須です。

(事例)i社がスタートアップ

i社は、連携事業者に対し、連携事業者との取引金額を上限とした責任を要望していたが、交渉上の立場が弱いため、i社が全てのリスクを負うような契約を受け入れさせられた。

(事例)j社がスタートアップ

j社は、連携事業者から取引金額の数倍から数十倍の損害賠償責任を負わされた。

→ 【IBDの考察】

企業規模が小さく、資金も不足しているスタートアップにとって損害賠償は再起不能に陥るほどリスクの高いものです。すなわち、賠償額の上限を設定できない場合、取引は行わない、という判断も必要です。その判断が出来るように「複数の企業」へ営業を積極的に展開し、自ら取引先を選択できるようにしておくことが大切です。特に、資金が不足しているときに許容範囲を超えるリスクのある取引は行うべきではありません。あるいは保険商品でそのような事態に対応できるものがあればそれに加入しておくというのも手です。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任の一方的な負担を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

<解決の方向性>

ⅰ.特許保証については「Xが知る限り権利侵害はない」等、発生条件を制限すること

ⅱ.スタートアップの資力に鑑み、賠償額を制限すること

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転記ここまで。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者により、他の事業者との取引(販売、仕入等)を制限される場合がある。(取引先の制限)

(事例)k社がスタートアップ

k社は、連携事業者と業務提携契約を締結するに当たり、連携事業者から他社製品を取り扱わないでほしいと言われ、抵抗したものの、業務提携先が他にはおらず、受け入れざるを得なかった。

<独占禁止法上の考え方>

連携事業者が、スタートアップの商品・役務に使用された連携事業者のノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、商品・役務の販売先を自己にのみ制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。

しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な範囲を超えて、他の事業者への商品・役務の販売を禁止することは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

<解決の方向性>

取引先の制限に係る契約交渉に際して、双方 が自社のビジネスモデルを構築するために必要な主張をし、利害調整をした上でのオプションとして合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

例えば、k社は特殊な製品の販売営業専門会社で製品の販売を外注したい連携事業者がこの段階で1社しかなく、これを断ったら事業そのものができないという状況が想定されます。もしそうであれば、回答期限を延長してもらい、類似他社へ営業を急いでかけて他でも業務提携できる相手を見つける努力をすることが考えられます。それでも他の業務提携先が見つからなかった場合、当該連携事業者と契約することはやむ得ないでしょう。

但し、その際、制限を受ける製品の種別を具体的に列挙し、いかなる製品も当該連携事業者以外とは取引できないようなことは避けるべきです。

本日最後の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者により、最恵待遇条件(連携事業者の取引条件を他の取引先の取引条件と同等以上に有利にする条件)を設定される場合がある。(最恵待遇条件)

(事例)l社がスタートアップ

l社は、連携事業者から、製品の販売価格を他社と比較して最安値にすること等を取引の条件とされた。

(事例)m社がスタートアップ

m社は、複数の連携事業者にサービスを提供しているところ、ある連携事業者により、サービスが他の連携事業者に比べて最安値となるようにさせられた。

(事例)n社がスタートアップ

n社は、連携事業者により、n社が運営する媒体上でその連携事業者が最も目立つようにすることや、 類似の媒体を運営する他社との取引条件と同等以上の条件とさせられた。

<独占禁止法上の考え方>

連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、直ちに独占禁止法上問題となるものではない。

しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、それによって、例えば、連携事業者の競争者がより有利な条件でスタートアップと取引することが困難となり、当該競争者の取引へのインセンティブが減少し、連携事業者と当該競争者との競争が阻害され、市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

<解決の方向性>

最恵待遇条件の設定に係る契約交渉に際して、双方 が自社のビジネスモデルを構築するために必要な主張をし、利害調整をした上でのオプションとして合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

小売事業を営んでいる連携事業者の場合、出来る限り仕入れ値を安くすることで粗利を大きくしたいし、売値も競合店より安くして集客したいというのはどこも共通でしょう。「最安値」を条件とすることは他の競合店よりも安値を保証させることで当該事業者のみにメリットがある条件です。この条件により公正な競争が阻害される場合、独禁法違反となる可能性があるとしています。しかしこれを証明することは困難だと思われます。

対応方法としては、取引量の大きい相手の価格ゾーン、取引量の中規模の相手の価格ゾーン、取引量の小規模の価格ゾーンの3つを設定し、価格も3種類とするというやり方があります。取引量の大きい相手の価格ゾーンが最安値となりますが、ここの取引ゾーンに5社いた場合、5社とも最安値を約束できることになります。当然、価格設定はスタートアップ側の粗利を確保できるものとします。

以上のようにすれば紹介された契約を履行することが出来ます。

以上、今回は

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」の中の「その他(契約全体)に係る問題」を読み解き、考察しました。

ご参考になれば幸いです。

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