【新規事業】オープンイノベーションの留意点⑤

アイビーデザイナーズ代表 細野英之 です。

本日は、「オープンイノベーションの留意点」についての5回目です。

前回はその他(契約全体)に係る問題について読み解き、考察しました。本日は、「出資契約に係る問題」について読み解いていきます。(長いので半分まで)

出典は前回同様

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定しました (METI/経済産業省)

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」です。

su_guidebook.pdf (jftc.go.jp)

スタートアップは事業実績、売上実績がないか、あるいは乏しいため金融機関から融資してもらえないことがほとんどです。従って、投資家から出資してもらう必要があります。投資家はその事業が魅力的で経営者がそれを実行、実現できるか等を観て出資判断します。

その際、出資契約を締結するのですが、そこにおいてもいくつかの問題が指摘されています。本指針ではそのような問題が発生してしまう要因として以下の3つを挙げています。

・スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足

スタートアップ側が出資契約を締結する際に、経営陣の知識・経験不足、アドバイザーの欠如等が原因で、契約交渉の不足、契約の理解不足による不利な条件の容認、契約不備等が発生するケースが該当。

・出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足

出資者側が、スタートアップの成長の道筋を意識できず、意図せずスタートアップの成長阻害となるような問題のある契約等を締結するケースが該当。

・対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在

出資者側でスタートアップの資金調達ニーズが切迫したもので、契約違反が行われたとしても訴訟に耐える資本を有しない等の弱みを認識した上で、過度な権利主張を行ったり、出資者が契約・法令に違反するケースが該当。

それでは具体的に問題事例を見ていきましょう。

最初の問題事例。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例: スタートアップが、出資者から、NDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。(営業秘密の開示)

(事例)o社がスタートアップ

o社は、出資者から、NDAの締結を拒否された上、営業上の秘密を含むビジネスモデルの内容を説明することを強く求められ、その内容を説明した。

(事例)o社がスタートアップ

出資者がp社の製品を内製できるようにするために、p社は、出資者から、出資契約の内容を超えて、製造の全工程に係るノウハウを無償で開示させられた。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、NDAを締結しないまま営業秘密の無償開示等を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

スタートアップと出資者の双方が秘密情報の管理に関するリテラシーを向上 させ、出資についての具体的な検討が始まる際に双方が管理可能な方法で NDAを締結することが必要である。

(ア) 秘密情報の整理

スタートアップ側で、出資受け入れの検討を始める際に、自社が有する情報のうち、何を秘密情報とする必要があるかを整理する。最低限の整理として、①NDAなしで開示できる情報、②NDA締結後に開示できる情報、③いかなる状況であっても開示するべきでない情報、程度に区分しておくことが重要である。

また、自社の競争力の源泉となる重要な技術情報は、あらかじめ特許出願を済ませることを検討することが望ましい。

(イ) 秘密情報の使用目的・対象・範囲を明確にしたNDAの締結

上記の整理に基づき、必要があればスタートアップは出資者との交渉に入る際にNDAを締結することが重要である。NDAにおいて、秘密情報の想定外の利用を防ぐために、できるだけ具体的にその目的を定めることが望ましい。一方で、目的外使用した場合においても、秘密保持義務違反を立証することは難しいケースが多いことから、自社のコアコンピタンスが揺らぐような情報は、開示しないことが重要である。秘密情報の範囲設定をするに当たっては、秘匿する必要がある情報の管理コストも考慮して、秘密情報の範囲を設定することが重要である。例えば、秘密情報管理体制が不十分な場合は、秘密情報範囲を広く定める方がリスクを低減できることもある。

秘密情報の開示者は不特定多数に情報が広がることを防ぐために開示対象を定義する必要がある。情報受領者の企業規模が大きいほど、情報の流出リスクが高まるため、受領者が目的遂行のために必要な範囲でのみ関係者に共有するよう定めることが重要である。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

今回の事例は第1回で解説したものと類似しており、「取引先としての優越的地位」の代わりに資金提供するという「出資者としての優越的地位」を使った問題事例です。よって解決策の方向性も同様となっています。しかしここで記載されている解決策は自社の秘密情報管理の「王道」ですのでしっかり理解、認識して実行することを強く推奨します。

スタートアップの事業領域と同じところで事業活動している事業会社(出資者)はよい事業アイデアがったら取り込みたいと考えています。その王道は、業務提携、出資、M&A(スタートアップから見ればエグジット)という流れですが、ノウハウや秘密情報を入手して内製化を目論んでいる場合も残念ながら少なからずあります。

従って、将来のM&Aによるエグジットを期待できるという魅力はあるものの、そのような出資者には注意が必要です。ベンチャーキャピタルであれば事業会社でないため、スタートアップをIPOさせるか、どこかの会社へ買収させるかを検討しますのでそちらの方が出資者としては安心かもしれません。事業成長に興味があるのであって、スタートアップのノウハウや秘密情報を使うつもりはないためです。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:出資者が、NDAに違反して事業上のアイデア等の営業秘密を他の出資先に漏洩し、当該他の出資先が、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売する場合がある。(NDA違 反)

(事例)q社がスタートアップ

q社は、出資者から、事業上の秘密情報を教えることが出資の条件とされたため、出資者とNDAを結んだ上で教えたところ、出資者は、NDAに違反して、出資者の出資先でありq社の競合にもなり得る事業者に対し、その秘密情報を流出させた。その結果、当該事業者は、q社の競合サービスを開発して販売するようになった。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

出資者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を他の出資先に漏洩し、他の出資先をしてスタートアップの取引先に対し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売させ、それによってスタートアップとその取引先との取引が妨害される場合

⇒競争者に対する取引妨害のおそれ

<解決の方向性>

NDAに違反した場合の法的責任の追及ができるように、責任追及の場面から逆算してNDAの各規定を検討することが重要である。

(ア) NDA違反の立証のための秘密情報の具体的な特定

スタートアップが、NDA締結後の情報開示までに、自社のコアとなる技術情報についての特許出願が未了であったり、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるだけの体制を整えていないことが少なくない。そのため、スタートアップにとっては、①守りたい情報がNDAにおける秘密情報に確実に含まれるようにすること、②スタートアップがNDA締結前から当該情報を保有していたことを立証できる状態にしておくことが望ましい。

そこで、確実に守りたい情報については、NDAの別紙に具体的に特定することが考えられる。この手法は、出資者にとっても、自社が不当に流用してはいけない秘密情報の境界線が明確になるという意味でメリットがある。

(イ) 損害賠償責任の規定

スタートアップとしては、事業に必須のコア技術が特許等により保全されていない場合、NDAが自社の技術・ノウハウを保全する唯一の手段であるため、契約に違反した場合の損害賠償を定めることは重要である。なお、秘密漏洩により損害が生じたことの立証は難しいため、漏洩に対する抑止効果を高める目的で、損害賠償責任の範囲・金額・請求期間についてあらかじめ定めることも考えられる。

また、開示等する情報の重要度に応じて、金額を高めることで情報漏洩の抑止力を高めるような金額とすることが考えられる。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

この事例で問題なのは、「出資者は、NDAに違反して、出資者の出資先でありq社の競合にもなり得る事業者に対し、その秘密情報を流出させた」と書いてありますが、これは恐らく「推測」であり、立証は出来ていないと思います。そもそも立証することは非常に困難なのです。

出資者の立場であればこれから成長が見込める「ある領域」に存在するスタートアップで有望な会社すべてに出資しようと考えます。スタートアップはどこが成功するか見通しが立ちにくいからです。もしかしたら出資者は漏洩しておらず、当該特定領域のスタートアップでも類似の製品サービスを開発していた可能性があります。例えばその事業がリリースされたどのくらい前に特許出願がなされていたかで漏洩の有無の判定に間接的に使えます。q社が情報開示した前に出願されていたら漏洩ではなく、類似の秘密情報(ノウハウ)を競合他社も保有していたということになります。

一方で、出資者側には意図せず漏洩してしまうリスクが存在します。これから成長が見込める「ある領域」に存在するスタートアップで有望な会社すべてに出資し、各社よりNDAを締結して秘密情報を入手していた場合、これらの情報は恐らく類似しているため、その管理が不十分であったり、担当者の脳内でどの会社からの情報であったかを混同し、うっかりある会社の秘密情報を他社に話してしまうという人為的ミスが十分起こり得ます(情報のコンタミネーションリスク)。勿論、これは立派なNDA違反ですが、それを証明することは困難でしょう。例え出資者側が議事録を残していたとしてもそれを自社が不利になることに開示することは考えられないからです。

出資者はあくまでも資金援助が中心です。出資先の企業が順調に事業成長していくかが本来の関心事、具体的には「特許取得状況、商品開発状況、リリース計画、営業販売計画、売上利益計画等」が関心事のはずです。商品開発に必要な要素技術については勿論、関心はあるかもしれませんが重要ではありません。

出資者へNDA締結し情報開示する前に、他の出資先を教えてもらい、情報開示したらそこへ人為的ミス等で情報漏洩してしまう、という前提で開示する情報を選定する必要があります。

具体的にはひとつ前の事例の解決の方向性の(ア)の通りです。最低限の整理として、①NDAなしで開示できる情報、②NDA締結後に開示できる情報、③いかなる状況であっても開示するべきでない情報、程度に区分しておくことが重要である。この考え方は非常に重要ですので、常に意識して取り組んで頂きたいと思います。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、出資者から、契約において定められていない無償での作業を要請される場合がある。(無償作業)

(事例)r社がスタートアップ

出資者が自らの新規事業を立ち上げる際に、r社は、出資者から、契約上決められていた範囲を超えて、その新規事業を進めるために、無償での作業を要求された。出資者とは今後の取引もあったことから、r社としては交渉しづらい立場にあったため、r社にとって利益がなかったにもかかわらず、実際に無償で作業をさせられた。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、契約において定められていない無償での作業等を要請し、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

スタートアップと出資者が口約束や契約外の作業を行うことで生じるリスクを避けるために、出資の契約交渉において、双方がスタートアップの経営状態に応じて発生する作業等の調整をすべきである。例えばPoCでは、PoCのゴール、対価設定、出資への移行条件について共通認識を持つコミュニケーションを図ることが重要である。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

「出資者が自らの新規事業を立ち上げる際に、r社は、出資者から、契約上決められていた範囲を超えて、その新規事業を進めるために、無償での作業を要求された」とあります。これは出資者が立ち上げる新規事業にr社(出資先)の技術などの支援が必要であったということです。

そもそも「出資はIPOやM&Aを目的」にするものですし、スタートアップ側からしたら出資金は返済の必要のない自由に使える資金です。

今回の作業依頼とは全くの無関係であり、「委託作業費」に該当するもので別に仕様書を作成し、発注すべきものです。

出資契約書にどこまで記載されていたか存じ上げませんが、本来そのような記載は出資契約書にするものではないです。そもそも論理的な整合はないように思えますので、断りにくいようでしたら顧問弁護士などを活用してきっぱり断る交渉をするのが良いでしょう。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、出資者から、出資者が第三者に委託して実施した業務に係る費用の全ての負担を要請される場合がある。(出資者が第三者に委託した業務の費用負担)

(事例)s社がスタートアップ

s社は、出資者が外部に委託して実施した業務の費用を全て負担するよう要求され、支払わざるを得なかった。その費用は、本来は出資者が負担すべきものであった。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、スタートアップに対し、一方的に、出資者が第三者に委託して実施した業務に係る費用の全ての負担を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

スタートアップと出資者双方が、出資の審査に係る調査の内容等を調整、協議した上で、費用負担についての共通認識を持つことが重要である。また、出資検討の調査以外でも安易に第三者に委託した業務の費用負担が生ずることのないようスタートアップ側と出資者の対等な立場での対話が求められる。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

これも一つ前の事例に類似しています。「出資者が外部に委託して実施した業務」の発注者は出資者です。従って支払い義務は出資者に契約上(業務委託契約)あります。なぜこれを肩代わりしなければならなかったのかカネの流れがわかりません。また出資と業務委託費は全く別のものです。

スタートアップは当該業務委託の契約者ではないため、スタートアップから支払い手続きがあった場合、監査で問題として出資者およびスタートアップに指摘されます。

スタートアップ→出資者→業務委託先 というカネの流れをした場合、スタートアップと出資者の間で実体のない偽装取引が行われることになり、これも監査で指摘されてしまいます。

いずれも危ない橋を渡ることになりますが、もし実行していたとしたらそもそものコンプライアンスやガバナンスに問題があると思います。

次の問題事例に行きましょう。指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、出資者から、他の出資先を含む出資者が指定する事業者からの不要な商品・役務の購入を要請される場合がある。(不要な商品・役務の購入)

(事例)t社がスタートアップ

t社は、既にバックオフィスの専門家を確保しており、新たな専門家を必要としていない状況であったにもかかわらず、出資者から、出資者の関係者である専門家を使うように指示され、一方的に人件費の負担を強いられた。

(事例)u社がスタートアップ

u社は、出資者から、事業遂行上全く必要としていない業務であったにもかかわらず、出資者の出資先である別の事業者にその業務を発注することを求められ、その不要な業務に係る費用分の損失を被った。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、スタートアップに対し、取引に係る商品・役務以外の商品・役務の購入を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

スタートアップが、出資者の紹介等で商品・役務を購入する際には、それがスタートアップの業務に必要なものか、費用負担をどうするかについ て調整し共通認識を持つことが重要である。また、スタートアップ側の不要な費用負担が生ずることのないようスタートアップ側と出資者の対等な立場での対話が求められる。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

一つ目の事例は出資先企業へ天下りさせているような感じでしょうか。「事業遂行上全く必要としていない業務であったにもかかわらず」は問題です。

銀行などでビジネスマッチングをし、融資先同士で売買を活性化する支援をしている活動はあります。しかしそれは売買するか否かは当事者同士が意思決定するもので融資先が強制するものではありません。

出資側は株主ですから、「出資先の事業や経営が順調に進んでいくことを望んでいる」はずなのですが、一方の出資先を助けるために他方に費用負担させるというのは優れた方法では決してないことは自明の理です。

もしかしますと、出資割合あるいは出資額の多い出資先を助けるためにそのような策を使ったのかもしれません。

このような場合、「すべて金額の数値」を出して、誰がどれだけ損をするのかを明示しながら、更に弁護士を交えて議論することを推奨します。その場で「独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当する可能性が高い」と判例を紹介してもらいながら弁護士に発言してもらえればそれ以上、進めることは出来ないでしょう。

スタートアップ側がどれだけの理不尽な負担を強いられるかを見える化することで、有耶無耶に進めようとする交渉者にブレーキをかけることができるはずです。

以上、今回は

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」の中の「出資契約に係る問題」を半分まで読み解き、考察しました。

ご参考になれば幸いです。

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