【新規事業】オープンイノベーションの留意点①

アイビーデザイナーズ代表 細野英之 です。

本日は、「オープンイノベーションの留意点」について何回かに分けてお話します。

オープンイノベーションとは、すべてを自前で行うのではなく、自社にはない技術やリソースを外部調達し、スピーディに事業化・製品化する方法論です。

従来の委託製造とは異なり、協業先とシーズ技術から開発したり、シーズ技術を実際に事業に変貌させたばかりの企業(例:スタートアップ)へ出資したりして共同事業を推進あるいはM&Aを見据えた出資などが該当します。

この協業はスタートアップと大企業が組んで行うことが現在主流となっています。すなわち、非常に小さい規模のスタートアップと成熟した大組織の大企業とが連携、協業を模索することになります。

このとき大企業には下請企業が存在し、買い手というその優越的な立場での取引に慣れ親しんでいる(下請法に抵触しない程度に)ため、スタートアップに対しても同様の価値観や意識で関わってくるケースもあるでしょう。

このような問題が実際に起きていないかを公正取引委員会が調査し、抽出された問題事例とそれへの見解、さらに経済産業省が解決の方向性を取りまとめた資料「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」が発行されました。

オープンイノベーションを活用して新規事業開発をしている大企業の担当者、管理者、およびスタートアップ側もこの知見は重要だと思いますので、今回、解説していきます。

お時間のある方は、原文を熟読してください。

以後、「出典:スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」を解説していきます。

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定しました (METI/経済産業省)

本指針は、事業連携や出資によるイノベーションを成功させるため、スタートアップと連携事業者や出資者との間であるべき契約の姿・考え方を示すことを目的として作られました。

具体的には、スタートアップと連携事業者(大企業を想定)とのNDA(秘密保持契約)、PoC(技術検証)契約、共同研究契約、ライセンス契約等や、スタートアップと出資者との出資契約について、実態調査に基づく事例や独占禁止法・競争政策上の考え方を示すとともに、問題の背景や解決の方向性が示されています。

本指針が広く普及することで、契約や交渉に係るスキルが向上するのみならず、スタートアップと連携事業者・出資者の双方において、公平で継続的な関係を基礎としたオープンイノベーションが促進されることを期待する、と記載されています。

公正取引委員会の調査でスタートアップが連携事業先から不当な扱いを受けていると思われる事例が発見され、その原因としてスタートアップ側の契約リテラシー不足があり、今回、そのリテラシー底上げを目的にモデル契約書とその解説も作成されています。

オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)及びモデル契約書(新素材編・AI編)ver2.0を取りまとめました (METI/経済産業省)

出典:スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)に、「スタートアップとの事業連携において生じる問題の背景」として以下の3つを挙げています。

  • スタートアップ側の法的リテラシーの不足

リソース・経験不足等、スタートアップ側の法的リテラシーの不足による、契約不備や契約の理解不足、実務上の対応不足が発生するケースが該当。

  • オープンイノベーションに関するリテラシーの不足

スタートアップと連携事業者のいずれかが、オープンイノベーションの際に意識することが望ましい点(双方の事業価値の総和の最大化等)を意識できず、意図せずいずれかの価値を毀損するような契約等を締結しようとするケースが該当。

  • 対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在

「資金調達に向けたレピュテーション向上策として連携事例を希求する」 、 「契約違反を行われたとしても訴訟に耐える資本を有しない」等、多くのスタートアップが抱える弱みを認識した上で、連携事業者が法令・契約に違反するケースや過度な権利主張を行うケースが該当。

オープンイノベーション以前の「交渉は勝ち負けの勝負事」という価値観ではオープンイノベーションではなく、搾取となってしまいます。この根本的な意識改革がオープンイノベーション成功のためには必要です。

特に大企業において管理者が部下の交渉を勝ち負けで評価している間は難しいでしょう。管理者側から互いにWin-Winとなる交渉を意識して部下を支援することが必要です。実はここが最も難しいかもしれません。

着地点というと妥協の産物と勘違いする方もいらっしゃるかもしれませんが、全くそうではなく、「互いに前向き(事業成功)となる着地点を見出すこと」であり、クリエイティブでハードシングスな世界なのです。

これがオープンイノベーションにおいて最も重要であり、核となる部分だと確信しています。

さて、各論の解説へ移りましょう。

協業検討、共同研究検討の前には必ずと言ってよいほど「秘密保持契約(NDA)」を締結してから情報交換を行います。皆さんも経験していると思います。

あまりに一般的で何となく儀式のように契約締結しているのではないでしょうか。

しかしNDAも「正式な契約」ですのでその効力は法律で守られます。挨拶代わりにNDAを締結して安易な情報交換をしてしまうと、その後、思わぬ制約や紛争につながるリスクがあります。

本指針では、以下のように記載されています。

スタートアップと連携事業者との間でNDA(秘密保持契約)を締結した場合、一般的に以下を契約書で約束したことになります。

・相手から秘密情報として開示された技術やノウハウ等を契約書に記載した目的以外に利用しないこと

・当該秘密情報を他の事業者等に開示・漏洩しないこと

NDAですから他者に開示したり、漏洩させないことは当然のこととして、「目的外利用」が出来ないことに注意が必要です。しかしこれに違反する事例が下記のように示されています。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが連携事業者からNDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。

(事例)A社がスタートアップ

A社は、NDAを締結したかったが、連携事業者から「そのうち契約するから、情報を開示してほしい」と言われ、NDAを交わさないままプログラムのソースコード等を開示させられた。その後、取引が中断し、連携事業者がA社のソースコードを使った類似サービスの提供を発表した。

【IBDの考察】
NDAを締結する前に大切な情報を開示し、それを利用してA社と競合となるサービスを販売されてしまったことは大きな痛手です。スタートアップはアイデアと技術しか資産がないのですから、それを安易に開示してはなりません。

ましてNDAを締結していないのに開示することは決してやってはいけません。大企業だから大丈夫だろうということはないです。私もこのような憂き目にあったスタートアップを何社か見てきました。実際にあるのです。

(事例)B社がスタートアップ

B社は、連携事業者に対し、ウェブサービスのノウハウそのものであるソースコードを全て提供するのは無理だと伝えたが、連携事業者から、ソースコードを全て提供しないのであれば、今後の取引に影響を与えるなどと示唆されたため、NDAを締結しないままソースコードを全て提供させられた。

【IBDの考察】
下請けいじめに類する事例だと思います。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、NDAを締結しないまま営業秘密の無償開示等を要請する場合であって、スタートアップが、 今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ、がある。

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

このようなことにならないように下記のような解決の方向性を示しています。

<解決の方向性>

ⅰ.契約交渉が本格化する前に、自社が有する情報のうち、何を秘密情報とする必要があるかを整理すること

ⅱ.秘密情報の使用目的・対象・範囲を明確にしたNDAを締結すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
第一はまずNDAを締結することです。そうすれば、NDAの一般的な雛形に沿って、使用目的、秘密情報の定義と範囲、禁止事項を入れ込むことが出来ます。もしこれに違反した場合、契約違反による損害賠償や類似サービスの差止請求など訴訟を起こせる材料となります。

このようにならないようにスタートアップの心臓部となる情報は決して開示しないことです。これを開示したら模倣され倒産の憂き目を見るかもしれないのです。相手とのその後の取引が縮小しても心臓部を持っていれば一時期苦しいかもしれませんが、事業は継続させることができますし、事業成功の切符を持ち続けることが出来るのです。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者から、スタートアップ側にのみ秘密保持・開示義務が課され連携事業者側には秘密保持・開示義務が課されない片務的なNDAの締結を要請される場合や、契約期間が短く自動更新されないNDAの締結を要請される場合がある。

(事例)C社がスタートアップ

C社は、連携事業者と事業を共同で進めていくにあたり、それぞれの事業活動にとって重要な秘密情報を相互に交換し合う必要があったが、NDAにおいて連携事業者は営業秘密を一切開示せず、C社だけが営業秘密を開示することとさせられた。

(事例)D社がスタートアップ

D社は、連携事業者の秘密情報については、D社に保持(秘密を守る)する義務がかかる一方、D社の秘密情報については、連携事業者に保持する義務がかからないNDAを締結させられた。

(事例)E社がスタートアップ

E社は、契約期間が自動更新されず、一般的な長さに比べると非常に短い不利な条件のNDAを締結させられた。その後、連携事業者から事業の連携についての連絡がなくなり、NDAの契約期間終了直後、類似のサービスの提供が発表された。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、スタートアップに対し、一方的に、片務的なNDAや契約期間の短いNDAの締結を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

一方だけに義務が生じるのではなく、双方が秘密保持義務を負う双務型のNDAを締結すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
単なるリテラシー不足が原因であればその通りなのですが、スタートアップはそうしたかったがそう出来なかったということも十分あり得ます。

そのような場合、顧問弁護士あるいは外部弁護士を同席させて交渉することをお薦めします。おカネがかかってしまいますが、スタートアップの命である事業が出来なくなってしまう方が問題です。

とにかく、自身が大切に産み、育ててきた小さな事業を大切に守ることを諦めないで下さい。弁護士が出てくれば相手も警戒します。言葉は悪いですが舐められないように努力するのです。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:連携事業者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売するようになる場合がある。

(事例)F社がスタートアップ

F社は、連携事業者とNDAを結んだが、連携事業者の秘密情報は開示されず、F社の秘密情報ばかりを求めに応じて開示するという状況であった。その後、連携事業者が、NDAに違反してF社の秘密情報を活用し、同様のサービスの提供を始め、F社の競合相手になった。。

(事例)G社がスタートアップ

G社は、連携事業者とNDAを締結した上で、プログラムのソースコードを開示した。その後、連携事業者と連絡がつかなくなり、連携事業者から、類似サービスの提供が発表され、G社の競合相手になった。

いずれもNDA違反をし、スタートアップが開示した秘密情報を目的外に使用し、類似サービスを提供、競合相手を生んでしまった、という事例です。

<独占禁止法上の考え方>

連携事業者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し、スタートアップの取引先に対し、 スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売し、スタートアップとその取引先との取引が妨害される場合

⇒競争者に対する取引妨害のおそれ

※競争者に対する取引妨害とは、自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害すること

<解決の方向性>
ⅰ.NDA違反の立証のために事前に秘密情報を具体的に特定しておくこと

ⅱ.損害賠償責任の範囲・金額・請求期間をあらかじめ規定すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
現実的には「秘密情報を活用して類似サービスを開発されたこと」を立証することは限りなく難しいです(弁護士の話)。すなわち、損害賠償の規定をNDAへ盛り込んでも立証できないため賠償されることは困難ですし、差し止めることも難しい(弁護士の話、様々な書籍にも記載されています)。

相手方の内部のことのためそこに立ち入って資料などを見ることは出来ません。類似サービスだから秘密情報が利用されたはず、とは言えないのです。これは立証になっていないのです。単なる推測です。

このようなことまで知っていて敢えてNDA違反を計画的にやってくる企業も存在するでしょう。実際に業務提携していたスタートアップから類似の話を聞いたことがあります。

業界大手企業から協業検討したいと申し入れがあり、NDAを締結してスタートアップ側の商品情報の詳細を開示しました。そうです。大手企業側はノウハウを保有していないからスタートアップへ声をかけるのです。必然的な結果としてスタートアップ側からの情報提供が多くなるのが通常です。そして有名な当該大手企業がほぼ同様の商品を製作し事業を開始してしまったという話でした。

最もよい対処方法は、NDAを締結したから安心、ではなく「NDAを締結しても心臓部の情報は決して開示しない」ということを強く意識しておくことです。少し極端な言い方をすれば「開示した情報は相手に勝手に利用されてしまう」と考えておいた方がよいでしょう。

相手側に悪意がなくとも、人為的ミスあるいはハッキングなどされ秘密情報が漏洩してしまうこともありうるのです。漏洩してしまった情報はもとに戻すことはできません。

ですから、どのような状況になろうとも「心臓部の情報は決して開示しない」ことがスタートアップのみならず新規事業開発者は肝に銘じておく必要があるのです。もし心臓部の情報開示を強いられたら「事業を買い取ってもらう」という交渉をしてもよいでしょう。

以上、頻繁に取り交わされるNDAの留意点と対応策について解説しました。

次回は「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」に記載されている「PoC(技術検証)契約に係る問題」について解説する予定です。

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