【新規事業】オープンイノベーションの留意点②

アイビーデザイナーズ代表 細野英之 です。

本日は、「オープンイノベーションの留意点」についての2回目です。

前回は秘密情報およびNDAについて解説しました。

【新規事業】オープンイノベーションの留意点① | IB Designers (ib-designers.com)

本日は、「PoC(技術検証)契約に係る問題」および「共同研究契約に係る問題」について読み解いていきます。

出典は前回同様

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定しました (METI/経済産業省)

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」です。

su_guidebook.pdf (jftc.go.jp)

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例: スタートアップが、連携事業者から、PoCの成果に対する必要な報酬が支払われない場合や、PoCの実施後にやり直しを求められやり直しに対する必要な報酬が支払われない場合がある。

【IBDの補足説明】
リーンスタートアップ、アジャイルの言葉に代表されるようにPoC(Proof of Concept:概念実証)という簡易検証手法が現在、多用されています。新しいサービスコンセプトや商品などが製作可能であることを確認するものです。一通り全体を作り上げる試作(プロトタイプ)よりも前段階のもので、スピーディ、低コストで新しいアイデアなどを中心部分だけデモンストレーションしてみるものです。

(事例)H社がスタートアップ

H社は、連携事業者から、見積りよりも追加作業が発生するPoCを求められ、PoC後に必ず契約すると口約束されていたために実施したが、追加作業について報酬が支払われず、契約もしてもらえなかった。

→ 【IBDの考察】
口約束でも正式な契約となりますが、結局、水掛け論となりますので、「書面での確認書」を交わしたり、逐次「追加作業の費用を提示して、受発注契約を締結する」ということをしておくべきでした。

(事例)I社がスタートアップ

I社は、連携事業者と試験的なAIシステムを開発するPoC契約を結んだ際に、連携事業者から「I社の製品を検証するためには、試験後の正式なシステムで動作確認を行う必要がある」と言われ、正式なシステムの開発作業を無償でさせられた。

→ 【IBDの考察】
AIが流行っており、連携事業者側も何をやってよいかの全体像が描けていないケースも多いと思います。システムを開発する場合、当然製作して終わりではないため、PoCの評価をするためにはその動作確認や機能評価まで実施する必要があります。PoCであっても全体像を共有して作業および見積交渉をしておくとよかったです。またPoCであっても発注仕様書を作成しているはずで、正式なシステムでの動作確認が記載されていなければ見積額には含まれていないため押し戻す交渉をすべきでした。この辺りは中堅以上のIT企業でしたらお手の物でしょうが、様々な事情を抱えるスタートアップには難しかったのかもしれません。

(事例)J社がスタートアップ

J社は、AIシステムを開発するPoCを行った際に、連携事業者の要望どおりに作業を行ったにもかかわらず、PoCの実施後に、連携事業者から追加の作業を無償で求められ、PoCの結果次第で、連携事業者との今後の共同研究契約や取引につながる可能性があったため、行わざるを得なかった。

(事例)K社がスタートアップ

K社は、連携事業者から、問題点が明らかにされないまま、実施したPoCについて繰り返し修正を求められ、結局、相当なコストをかけたにもかかわらず、そのコストの5分の1程度の報酬しか支払われなかった。

→ 【IBDの考察】
IT企業では普通ですが、問題点を明確化し、要件定義が決まらなければ精度ある見積が出せませんし、そこが曖昧ですと受注側に思わぬ負担(リスク)が発生する可能性があります。実施する前に連携事業者ともう少し時間をかけて要件定義を詰めて合意しておくと良かったです。あるいは要件定義が明確に出来ない場合、最初に想定していた作業時間を超えたら、時給換算で費用を請求できるような契約としておく方法もあったと思います。

(事例)L社がスタートアップ

L社は、連携事業者の指示どおりにPoC作業を完成させても、連携事業者から新たな仕様書で新たな作業を行うよう求められ、延々と対応を続けさせられた。

→ 【IBDの考察】
新たな仕様書が出てきた時点でそれまでの作業について清算を求め、一旦完了させるということが出来ればよかったと思います。新たな仕様書は全く別の発注相談として再交渉することが望ましいと思います。

(事例)M社がスタートアップ

M社は、連携事業者の指示どおりにPoC業務を完遂させても、連携事業者から契約の範囲外の業務を延々と求められ、連携事業者が満足するまで対応を続けさせられたが、その業務に見合った報酬が支払われなかった。

→ 【IBDの考察】
連携事業者の指示どおりにPoCを完成させた時点で約束は果たしています。契約の範囲外の業務は見積外として一旦立ち止まり、交渉する必要がありました。M社には落ち度がなかったという前提です。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、①正当な理由がないのに、スタートアップに対し、無償でのPoCを要請する場合、②スタートアップに対し、一方的に、著しく低い対価でのPoCを要請する場合、③PoCの実施後に、正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する場合、又は、④PoCの実施後に、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、やり直しを要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

このようなことにならないように下記のような解決の方向性を示しています。

<解決の方向性>

ⅰ.業務委託(準委任)契約により、PoCの目的、終了要件を定めて、何らかの成果の達成を保証するものではないことを明らかにすること

ⅱ.PoCの対価設定を明確化すること

ⅲ.共同研究開発への移行条件を明確化すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
まさにその通りですが、これを実行するためには経験値を高めるか、「ビジネス法務」を勉強し法律的な理解を深める必要があります。そうすれば不当な要求は法律上認められないことを認識できるようになり、冷静な対処ができるようになります。

スタートアップの話ではないですが、実例をひとつ紹介します。

介護施設で働く職員の方は必ずといってよいほど、入居者の家族から過度な要求や暴言を吐かれる経験をしています。それが原因でメンタル不調となり離職していく介護職員も少なからずいらっしゃいます。介護施設向けの弁護士セミナーでこれらの行為は、「脅迫罪」「暴行罪」に該当する可能性があるという話を施設長らが聞いたそうです。そうするとこれらの行為に対して冷静に対処できるようになったそうです。

法的な知識を持っているとこのようになれるのです。

以上までがPoCに関する部分でした。次に、共同研究契約に関する部分を読み解いていきます。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例: スタートアップが、連携事業者から、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみに帰属させる契約の締結を要請される場合がある。(知的財産権の一方的帰属)

(事例)N社がスタートアップ

N社は、PoCや共同研究に入る段階で、連携事業者から契約書のひな形を押し付けられる形で契約書を交わしたが、その契約書においては、PoCや共同研究の成果物の権利が一方的に連携事業者に帰属することとなっていた。

(事例)O社がスタートアップ

O社は、共同研究で、連携事業者から、知的財産権の無償提供に応じさせられた。

(事例)P社がスタートアップ

P社にとって、大企業である連携事業者との取引の実績がなくなると、信用の確保が難しくなるため、共同研究契約書を交わすときの立場が連携事業者の方が強く、交渉は難しかったところ、P社は、連携事業者から一方的に知的財産権の譲渡を求められ、譲渡せざるを得なかった。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、共同研究の成果に基づく知的財産権の無償提供等を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

ⅰ.共同研究契約締結前に保有していたバックグラウンド情報の範囲を明確化し、共同研究の成果とのコンタミネーションを防ぐこと

ⅱ.スタートアップに知的財産権を帰属させ、連携事業者に一定の限定を付した独占的利用権を設定することを検討する一方、連携事業者にも配慮し、第三者との競合開発禁止やスタートアップが経営不安に陥った際の連携事業者の知的財産権買取りオプションの設定についても検討すること

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転記ここまで。

以上のように「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」に記載されています。

【IBDの考察】
提案されている解決の方向性は正直、難易度が高いと思います。

まず共同研究契約締結前に保有していたバックグラウンド情報の明確化ですが、この意味は共同研究によって生まれた技術、発明、ノウハウと、共同開発する前から既に保有していた技術、発明、ノウハウとが交じり合って混同させないことを言っています。尚、共同研究によって生まれた成果をフォアグランド情報といいます。

今回示されている事例は、共同研究によって生まれた成果を共有ではなく、連携事業者のみに帰属し、スタートアップには何ら帰属させないという契約等が問題点です。

すなわち、本来は共有成果とすべきところですが弱い立場であったためそうならなかったということです。従って、解決の方向性の2つ目のスタートアップに成果を帰属させ、連携事業者へ独占的利用権を付与するというのは共有成果とすること以上に難易度が高いです。

これが出来るにはスタートアップは連携事業者からの依存度が高く、優位な立場でなければなりません。

ここからは私の所感ですが、当該共同研究においてスタートアップ側のノウハウや秘密情報が開示され、その成果が連携事業者へ帰属されてしまった場合、スタートアップ側の事業に甚大なマイナス影響を与えるものであるなら、当該共同研究は実施しないという意思決定をすることが理想だと思います。

あるいは連携事業者へ帰属させる代わりに、スタートアップ側にもメリットがある契約を締結することです。

もしそれが出来ないなら、出来る限りノウハウや秘密情報を開示せずにできる範囲の共同研究とすることも考えられます。但し、共同研究ですから費用あるいは人工や設備の負担が発生しますので意味のない研究をするわけにもいきません。

「リスクと成果のバランス」をとる必要のある事例だと思います。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:共同研究の大部分がスタートアップによって行われたにもかかわらず、スタートアップが、連携事業者から、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみ又は双方に帰属させる契約の締結を要請される場合がある。(名ばかりの共同研究)

(事例)Q社がスタートアップ

Q社は、共同研究の中心であるプログラムの開発自体を全て行うにもかかわらず、共同研究の成果物の特許は全て連携事業者に帰属するといった一方的な内容の契約書を受け入れさせられた。

(事例)R社がスタートアップ

R社は、プログラムの開発自体は自社で全て行うが、連携事業者から、共同研究によって取得した特許は全て連携事業者に帰属するといった一方的な内容の契約書を受け入れさせられた。

→ 【IBDの考察】
正直、私の経験では聞いたことがありません。そもそもプログラムの著作権はスタートアップに自動帰属します。これまでも譲渡を強いられたのだとするとかなり行き過ぎだと思います。

(事例)S社がスタートアップ

共同研究といっても、S社が、技術、ノウハウ、アイデアのほとんど全てを提供しており、連携事業者は、共同研究への貢献度がほとんどないにもかかわらず、S社は、連携事業者から成果物の特許は共同出願することとされた。

→ 【IBDの考察】
契約が共同研究だから成果は共有、というのはよくあるシーンだと思います。しかし、特許については特許法に明示されているとおり「原則、発明者に帰属」し、職務発明のためその発明者が所属する組織へ帰属することになります。

(事例)T社がスタートアップ

T社が、全ての研究開発を行い、連携事業者は、T社が開発した技術の試験運用を行うのみであるにもかかわらず、T社は、連携事業者から、開発した技術の半分の権利を渡すよう、一方的に連携事業者に有利な契約を締結させられた。

→ 【IBDの考察】
これも契約が共同研究だから成果は共有、というのはよくあるシーンだと思います。一つ前の事例と異なり、連携事業者も試験運用とその評価を実施するという役割を担っています。この評価がなければ当該技術が価値あるものかわかりません。またこの技術の評価結果がなければ特許出願も難しいです。よって、共有成果としてもよいと思われます(細かな事情や事実はわかりませんが)。

<独占禁止法上の考え方>

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、正当な理由がないのに、スタートアップに対し、共同研究の成果に基づく知的財産権の無償提供等を要請する場合であって、スタートアップが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合

⇒優越的地位の濫用のおそれ

<解決の方向性>

ⅰ.事前に役割分担の詳細を規定すること

ⅱ.成果物創出への貢献度に応じた適切なリターンを設定すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
事前に役割分担の詳細を明示、互いの貢献度合いを可視化、共有することは交渉の第一歩になるため大切です。

一方、共同研究では「やってみなければわからない、期待した成果が出るかもわからない」という部分も多くあるため、事前に詳細を詰めることが出来ないことも多々あります。そのような場合、互いに開発ノート(記録)を作成し、事後に貢献度合いを協議するという方法など有効な手立てはあると思います。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者により、共同研究の成果に基づく商品・役務の販売先が制限される場合や、共同研究の経験を活かして開発した新たな商品・役務の販売先が制限される場合がある。(成果物利用の制限)

(事例)U社がスタートアップ

U社は、連携事業者にU社のみで開発したサービスを導入する際に、連携事業者から「競合他社には販売しないように。販売した場合には、取引を白紙に戻す」などと指示を受け、受け入れざるを得なかった。

(事例)U社がスタートアップ

V社が連携事業者との事業連携の経験を活かして改善したAIは、元々V社が独自に開発し、その連携事業者の重要な情報は入っていないにもかかわらず、V社は、その連携事業者により、そのAIを他社に販売しないよう制限された。

<独占禁止法上の考え方>

連携事業者が、共同研究の成果であるノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、合理的期間に限り、成果に基づく商品・役務の販売先を特定の事業者に制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。

しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な期間に限らず、共同研究の成果に基づく商品・役務の販売先を制限したり、共同研究の経験を活かして新たに開発した成果に基づく商品・役務の販売先を制限したりすることは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引又は拘束条件付取引として問題となるおそれがある。

※排他条件付取引とは、不当に、競争事業者と取引しないことを条件として取引し、競争事業者の取引の機会を減少させるおそれがあること

※拘束条件付取引とは、販売形態・販売地域などについて不当に拘束する条件を付けて取引すること

<解決の方向性>

スタートアップに知的財産権を帰属させ、連携事業者に一定の限定を付した独占的利用権を設定すること

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転記ここまで。

【IBDの考察】
共同開発による共有成果物の活用の際には、競合他社への販売や利用を制限することはあり得ます。但し、合理性がなく行き過ぎの場合、独禁法違反となる恐れはあります。今回の事例はスタートアップ側が開発したものに対してそのような制限を設けられたという点が問題とされています。

なぜ共同開発という形態ととったのか、その理由を確認しなければ判断できませんが、必要があって共同開発という形態をとったのでしたら、連携事業者にも貢献した部分があったでしょうから、成果には共有部分もあり、競合他社への一定の制限は合理的と言える可能性もあります。

以上、今回は「PoC(技術検証)契約に係る問題」および「共同研究契約に係る問題」について読み解いてみました。

理想通りにはいかないケースが多いかもしれませんが、法務リテラシーを高めて、出来る限り適切な契約内容となるようにしましょう。

尚、本指針ではスタートアップからの問題提起を起点に作成されているため、スタートアップ側が被害者のようになっています。

しかし実際には、魅力あるスタートアップは投資家からの資金調達も順調で強く、連携事業者の方が不利な契約となっていることも多いという事実があることは知っておいて頂きたいと思います。

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