【新規事業】オープンイノベーションの留意点③

アイビーデザイナーズ代表 細野英之 です。

本日は、「オープンイノベーションの留意点」についての3回目です。

前回はPoC(技術検証)契約に係る問題および共同研究契約に係る問題について読み解き、考察しました。本日は、「ライセンス契約に係る問題」について読み解いていきます。

出典は前回同様

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定しました (METI/経済産業省)

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」です。

su_guidebook.pdf (jftc.go.jp)

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者から、知的財産権のライセンスの無償提供を要請される場合がある。(ライセンスの無償提供)

(事例)W社がスタートアップ

W社は、連携事業者に対し、W社の技術をライセンスして製品を販売してもらうこととしたところ、 連携事業者から、ライセンス料を無償にさせられた。

公正取引委員会の見解は以下の通りです。

<独占禁止法上の考え方>

正当な理由がないのに、スタートアップの知的財産権のライセンスが無償提供された場合には、スタートアップは知的財産権の開発に係る費用を回収することができず、連携事業者は費用を負担することなく知的財産権を使用することができる。取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、知的財産権のライセンスが事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該ライセンスに係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、知的財産権のライセンスの無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、ライセンス契約が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

※優越的地位の濫用とは、「取引上の地位を利用して、取引の相手方に対し不当に、不利益を与えること」

指針では以下の通り記載されています。

<解決の方向性>

双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な知的財産権利用に関する許諾条件(許諾範囲、独占・非独占、ライセンス料等)を明確化し、ライセンス契約を締結することが重要である。なお、当然ながら、ライセンス契約等で対抗措置を作る前に、当該特許の基となっている技術情報(材料やノウハウ等)を一方に渡してしまい、その技術情報を使って類似の特許が出されるなどの不当な行為をされる可能性がある点には注意したい。

(ア)  ライセンス許諾範囲の明確化

契約に際して、ライセンサー(実施許諾者)は、ライセンシー(実施権者)による想定外の実施を防ぐため、ライセンス対象、期間、エリア、独占・非独占等の範囲を限定的に定める必要がある。特に、スタートアップは特許1件あたりの重要性が連携事業者のそれに比して高いため、ライセンサーとなる場合にはライセンスの実施許諾範囲を過度に広く設定しないよう留意することが重要である。

また、独占的な実施権の付与は、第三者に対する参入障壁となるので、実施権者に対していわば「商圏を与える」という趣旨を持つ。手元資金の厚さが企業存続に影響を及ぼすスタートアップは、時として、特許の実施許諾と引き換えに一時金の獲得を目指すことがあるが、そのような場合には独占的な実施権の付与を前提に、「年間△△万円のリターンが得られる商圏を獲得するために一時金○○万円を支払う、設備投資のようなものであり、独占期間内の●年間で十分に回収可能。」等といった提案をすることも選択肢の一つとして有用となる。

(イ)  ライセンス料の設定

オープンイノベーションの取組におけるライセンス料(率)を決定するためには、スタートアップが提供する特許等の希少性や重要性、本製品の市場規模、販売価格や製品寿命、あるいは本製品の付加価値における当該特許等の貢献度など、個別のケースに応じた幅広な検討が必要となる。

ライセンス料の支払方法としては、①ライセンス契約締結時にまとまった額を支払い(イニシャルフィー)、②その後は実施量に応じて定期的に支払う(ランニングロイヤルティ)のが一般的である。交渉においては、イニシャルフィーとランニングロイヤルティの料率がトレードオフの関係になることがある。ス ター トアップは、常に資金繰りが重要課題であるが、ランニングロイヤルティに重きをおいてハイリスクハイリターンを狙うか、イニシャルフィーに重きを置いて足元のキャッシュフローを固めるか、という判断も必要になる。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

指針に記載されている解決の方向性は様々な状況を想定されているため理解するには難しいかもしれません。

まず当該ライセンスの技術をスタートアップも使用して事業展開しているかどうか、またその事業内容が連携事業者と類似しているか否かで議論も変わってきます。

当該ライセンスの技術をスタートアップも使用して事業展開していて、かつその事業内容が連携事業者と類似している場合、スタートアップの競合となり、商圏の奪い合いとなります。そもそもこのような場合にはライセンスしないという判断が本筋ですが、何らかの理由でライセンスしなければならない場合、連携事業者が商品販売できる商圏を制限した上で、当該商圏で連携事業者が得られるメリットから実施料を交渉する、ということに通常はなります。

次に、当該ライセンスの技術をスタートアップも使用して事業展開していて、かつその事業内容が連携事業者と類似していない場合、純粋なライセンスとなります。ライセンスなのですから当然対価が必要です。この場合、商圏の制限をする必要がないため、連携事業者が得られるメリットから実施料を交渉する、となります。

問題事例は背景情報が不明ですが「とにかく無償にさせられた」と記載されています。ライセンス料を無償とする代わりの対価が得られていなければ独禁法違反の恐れがあります。ライセンスしないが一つの解決策ですが、それも出来ないようです。そうなりますと、ライセンスする代わりに「有償」あるいは「別の対価」で交渉するよりありません。事例では無償となっており、その代わり取引量を従来より増やすなど相手が実現可能な見返りを提案交渉することになります。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者から、スタートアップが開発して連携事業者にライセンスした技術の特許出願の制限を要請される場合がある。(特許出願の制限)

(事例)X社がスタートアップ

X社は、連携事業者から受託したソフトウェア開発の過程でX社が独自に開発したノウハウや技術について、連携事業者から、一切の特許取得を禁じるという条項が付された契約の締結を求められ、契約させられた。

(事例)Y社がスタートアップ

Y社は、連携事業者と共同研究を行っていたが、その共同研究ではない研究でY社が開発した新たな技術について、連携事業者から、一方的に、共同出願を含めてその技術の権利の帰属を協議することとされ、契約の中に単独出願による特許取得を禁止する条項を入れられた。

<独占禁止法上の考え方>

スタートアップが開発して連携事業者にライセンスした技術の特許出願が制限された場合には、スタートアップは連携事業者や第三者から自ら開発した技術を正当に保護することが困難となるおそれがある。

取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が 、取引の相手方であるスタートアップに対し、十分に協議することなく特許取得を禁ずる契約書のひな型を押し付けるなど、一方的に、当該スタートアップが開発した技術の特許出願の制限を要請する場合であって、当該スタートアップが、将来再度の事業連携がなされる可能性がなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

<解決の方向性>

双方が共同研究開発のテーマについて共通認識を持ち、新たに発明された知財が共同研究によって生まれたものか(発明主体が誰なのか)を明確化することが重要である。

・知財の発明主体の明確化

共同研究開発のテーマを実態に即したものとして設定することで新たに発明された知財が共同研究によって生まれたものかどうか(発明主体は誰なのか)を明確に区分することが重要である。共同研究開発のテーマの定義が広すぎると、自社固有の研究成果(知的財産権等)が共同研究開発の成果と解釈され、共同研究契約に従って知的財産権の帰属や成果物の利用関係が規律されるリスクがある。

他方、共同研究開発のテーマの定義が狭すぎると、実際は共同研究の成果であるにもかかわらず、契約の枠外とされてしまい、当該成果に関して勝手に特許出願をされてしまう。そこで、共同研究開発のテーマは、広すぎず狭すぎない実態に即したものとすることが重要である。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

解決策の方向性は特許は発明者に帰属するという原則から「誰が発明したのか」を明確化することを提案しています。またそれを明確化する際に、共同研究範囲内のことだけが交渉テーブルになるため、研究範囲を狭くしておくとその範囲から少し外側の発明をした場合、発明者側企業の単独特許となってしまうリスクがあるということです。

特許の場合、特許法がありますので、それを引用して「発明に対する貢献がなければ発明者になれないこと」、「発明者の同意が得られなければ特許出願できないこと」という大原則を持ち出して交渉すれば、相手自身も合理的でない、強引な交渉をしていることを隠せなくなり、また議事録を残しておけば、強引さも弱まってくると思います。

指針では以下の通り記載されています。(出典より転記)

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問題事例:スタートアップが、連携事業者により、他の事業者等への商品・役務の販売を制限される場合がある。(販売先の制限)

(事例)Z社がスタートアップ

Z社は、サービス開発の際、資金とデータの両方で連携事業者に依存しているところ、その連携事業者から、連携事業者のデータを含まないサービスであっても、その連携事業者以外にサービスを提供してはならないという独占契約を結ばされた。

(事例)a社がスタートアップ

a社は、自身も販売できない条件が付され、販売すると違約金を請求される内容の独占販売契約を締結させられた。

<独占禁止法上の考え方>

連携事業者が、スタートアップの商品・役務に使用された連携事業者のノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、商品・役務の販売先を自己にのみ制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。

しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な範囲を超えて、他の事業者への販売を禁止したり、スタートアップ自らによる販売を制限したりすることは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

<解決の方向性>

双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な知的財産権利用に関する許諾条件(許諾範囲、独占・非独占、ライセンス料等)について利害を調整した上で設定することが重要である。

・双方の利害を調整した上での実施権の設定

実施権を設定する場合は、許諾範囲の明確化を行うことが不可欠である。スタートアップと連携事業者の双方が事業展開しようとするエリアや産業分野、 販売チャネル等の違い、あるいはビジネスモデルの差異を勘案した上で、双方にどのような販売範囲の制限をかけることが、互いの事業展開をできる限り阻害しない形で事業展開可能かを調整したい。ただし、契約時点で独占的な実施権等を付与した場合でも、事業環境の変化や戦略の見直し等で想定通りの販売活動が実施されないこともあり得る。そのような場合に備えて、契約で約束した独占期限が到来する前であっても、正当な理由なく一定期間実施しない場合や、戦略変更等により実施しないことを決定した場合、あるいは当初合意した販売数量に達しなかった場合などに、独占的な実施権を非独占の通常実施権に変更できるように しておくといった工夫も可能であろう。

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転記ここまで。

【IBDの考察】

一つ目のZ社事例ですが、これは意外とよくあることかもしれません。例えば、顧客と協業によって商品化したサービスのケースがあります。例えば、大手介護事業者(例:有料老人ホーム)へITスタートアップが提案し、介護事業者が保有するデータやノウハウ、および共同開発(あるいは委託開発)としてITスタートアップが開発資金も得て、従来より安全で効率的な介護サービスを提供する商品を開発するとします。介護事業側は入居者の取り合いのため、サービスの差別化が必要となっており、差別化できる商品を求めています。すなわち、開発に携わった介護事業者はこの商品を競合他社には使用させたくないのです(使用させたら差別化できなくなってしまうため)。

「連携事業者のデータを含まないサービスであっても」と記載されていますが、ロジックは出来ているためデータを入れ替えればカスタマイズされたサービスを競合他社に提供出来てしまいます。これは更に厄介です。

以上より、ITスタートアップはシーズ技術を保有しているものの、それを活かすに必要なデータ、ノウハウ、資金という開発に不可欠な資産を連携事業者から提供されなければ開発出来なかったことも事実でしょう。

換言しますと、双方のシナリオは次の通りです。

ITスタートアップのシナリオは、大手介護事象者と共同で商品開発すれば、間違いなくそれが当該大手介護事業者へ導入され、投資回収もできるし、リスクも低くなる。さらに当該商品を他社へ水平展開できれば売上が大きく伸び、事業拡大を図ることが出来る。

大手介護事業者のシナリオは、提案された商品を開発できれば、競合他社と差別化が図れるため、入居者率向上、施設数増加につながり、事業規模を大きくすることが出来る。これを実現するには競合他社へは当該商品は使用させないようにする。

双方ともそれぞれのシナリオを描いており、そのシナリオ実現の前提条件が真逆であることがわかると思います。これは顧客との共創において頻繁に起こることですし、最初から認識しておくべきことです。

その認識の上で開発に入る前に意見交換し、折衝し、契約書として締結しておくことが肝要なのです。

以上、今回は

「スタートアップとの事業連携及び スタートアップへの出資に関する指針(令和4年3月31日)公正取引委員会、経済産業省」と「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック(2022年6月:公正取引委員会、経済産業省、特許庁)」の中の「ライセンス契約に係る問題」を読み解き、考察しました。

ご参考になれば幸いです。

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